Kizuna Child-Parent Reunion
取り残されて
日本の惨憺たる“子ども誘拐法”に立ち向かう親たち
http://metropolis.co.jp/features/feature/left-behind/
翻訳者: 赤坂桃子
ジョン・グリシャムの小説のようだが、これは現実の話である。
「その男性は2013年1月に休暇で家族と日本に来たんですが……」と、“絆・チャイルド・ペアレント・リユニオン(略称:「絆」)”副代表のブルース・ガベテ氏は、日本人の妻に息子を連れ去られ、彼らの組織に接触してきたカナダ人男性のケースについて話してくれた。「休暇の2週間目にシャワーを浴びていた彼が浴室から出てきてみると、妻子がいなくなっていたのです。それ以来、妻からはまったく連絡がなく、居所すらわからないという話でした」
悲しいことだが、この男性のケースは「絆」が扱った多数の事例のひとつにすぎない。このNGOは、日本における親と子の権利を取り戻すために設立され、配偶者によって日本へ連れ去られた子ども、日本国内で連れ去られた子どもの「取り残された」側の親の支援を専門にしている。ジョン・ゴメス代表は、日本では1992年以降、親による子の奪取が約3百万件も発生していると見積もっている。ゴメス氏自身も取り残された親(left-behind parentを略して「LBP」と称する)だ。「1年間でざっと見積もっても15万件が発生し、そのどれもが人権の侵害に当たります」と、穏やかな口調でゴメス氏は説明する。「厚生労働省の統計に基づき、日本の1992年から2011年までの離婚件数を調べたのです。NHKのゴールデンタイムの報道番組〈クローズアップ現代〉でも、2010年9月に、離婚後に親の58パーセントが自分の子どもと面会できなくなっていると示唆していました。これが的確な概算だとすると、日本では6人の子どものうちの1人が離婚によって片方の親を失ったということになります」
離婚件数は世界的な数値とさほど変わらないかもしれないが、日本では別居または離婚後の子どもの連れ去りを家庭裁判所が合法であるとしている点が異なる。一方の親のみが親権を与えられ、もう一方の親は親としての権利をすべて放棄しなければならない。
こうした事例の圧倒的多数が日本人カップルに関するものだが、グローバリゼーションが進んだ結果、国際結婚で生まれた子どもたちが、彼らの日本以外の母国から事実上誘拐され、問答無用で日本に連れていかれるケースが増加している。
日本では2013年の春、ハーグ条約、すなわち国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律が全会一致で成立したが、これは今後発生するケースにしか適用されない。また取り残された親たち、弁護士らは、国内法も検討しないかぎり、大きな変化は望めないだろうと考えている。
ガベテ氏も懐疑的な立場にたつ1人である。「ハーグ条約の実施法にはさまざまな不備があり、子どもの返還に関しても大きな抜け穴があります。なかでも子が危害にさらされる危険がある場合には、常居所のある国にその子を返還してはならないとする第13条(b)が問題です。立法措置により、日本に連れ去られた子の返還を拒絶できるカテゴリーが加わることも考えられます」ガベテ氏によれば、面会交流についても似たようなシナリオが存在しているという。
こうした状況をうけて「絆 は、日本においてハーグ条約に基づく面会交流を実施・促進する許可をもつ公認サービス提供者になろうと尽力している。そのためには政府と、親子の再会問題に詳しい専門家との協力が必要だ。問題の解決に集中するのは、組織を設立した趣旨でもあると、ゴメス氏とガベテ氏は言っている。だが現時点では、国内法の整備が重要である。
「日本がハーグ条約の批准と施行に同意したのは、主として米国からの圧力をかわすためではないかと思うんです。この4年間以上、外圧は増すばかりでしたからね。もしも加盟すれば、日本は90番目の条約加盟国ととなり、G8加盟国のなかではもっとも後発ということになります。でもこれで日本人は規定を遵守するようになるでしょうか? たぶんそう簡単にはいかないでしょうね」と、ガベテ氏は語る。
「その一方で、米国下院では法案3212(2013 年ショーンおよびデーヴィッド・ゴールドマン 国際的な子の連れ去り防止・返還法)が全会一致で可決されました。これによって大統領は、ハーグ条約に従わない加盟国に制裁処置を科し罰することができるようになりました。日本が規定を遵守するためには、外圧の存在がこれからも必要だと私は思います
実際、12月中旬に議会は各国の子どもの連れ去りを評価する年次報告書を作成することを可決し、バラク・オバマ大統領に対し、依然として条約に従わない国々に対策を講じることを要求した。可能性として考えられる米国の措置としては、米国の科学技術ライセンス輸出の拒否、開発援助の削減、科学交流・文化交流の延期などがある。しかしながら制裁を加えるかどうかの最終判断は、大統領に委ねられている。しかも日本の国内法、政策の影響力もある。
「国家間および国内の連れ去り事例の根本的な原因は、日本の家庭裁判所制度にあります」と、ゴメス氏。「このふたつの事例は相互に関連があります。家庭裁判所が外国裁判所の命令を無視し、面会が実施されていないからです。これでは、2012年4月に発効した民法第766条の規定に反することになるのではないでしょうか。この条文は、離婚届の書式の中で、親たちが面会交流に同意し、養育費の分担を協議で定めることを表明するチェック欄にチェックマークを入れることを要求しているのですから。ところが絆・チャイルド・ペアレント・リユニオンが政府のデータを調べたところでは、離婚しようとしている人々のうち、この欄にチェックマークを入れているのは50パーセントに過ぎないのに、ほとんどのケースで離婚が認められ、しかもそれが実際に遵守されているかどうかを調べる追跡調査は行われていませんでした」
「さらに家庭裁判所は、徹底的な調査をせずに家庭内暴力の申し立てを認定することが多く、子どもを連れ去った親の方に単独親権を与えています。
ニューヨークを拠点に活動する国際家族法が専門のジェレミー・モーリー弁護士は、それが行き詰まりの原因であると述べ、〈落とし物は拾い得、なくした人は泣きをみる〉ということわざを引用して、単独親権はそれのもっとも露骨で冷酷な形だ、とまで言っているのですからね」
彼は子どもの権利に関する国連条約にも言及している。日本はこの条約を20年も前に批准しているが、親による子の奪取の問題に関しては、この条約の方針をいまだに守っていない状態だ。
この外国裁判所の命令の無視と不服従を知りすぎるほど知っているのが、日本国籍をもつマサコ・アエコ・スズキさんである。カナダで結婚し暮らしながら、息子カズヤ・デーヴィド・スズキをもうけたが、2000年代の半ばに結婚生活が破綻した。「夫は当時12才だった息子を2006年に日本に連れ去りました」と、彼女は語る。「これはハーグ条約に反する行為ですが、そのことを知ったのは息子が誘拐されたあとでした。カナダの裁判所も共同親権を認め、息子を強制的に日本に連れ去るべきでないとする判決を下しましたが、この裁定が出たときには、もう遅すぎました」
マサコは日本に戻り、息子を探そうとした。いささか時代遅れの家族法の制度とその要件を相手に闘ったのである。彼女は日本にいる他のLBPと知り合い、特に自分の息子が連れ去られたような国家間のケースに衝撃をうけた。
ざっと計算しても彼女がカナダと日本で支払った裁判費用は10万ドルを上回り、高等裁判所、最高裁判所にまで上告した。「前夫のスズキ・ジョウタロウは、2006年の終わり頃に日本の家庭裁判所から息子の単独親権を与えられました。これは連れ去りの事例ではごく普通なのです。私は後日、非常に短時間の面会権を与えられましたが、ジョウタロウとカズヤはふたたび消息を絶ち、それ以来まったく連絡がありません」
「これ以上の面会権を求めるには、住民票で息子の住所を示さなければならないのですが、息子はどこにいるかわかりません。なにしろ彼は誘拐されたんですから! こんなおかしな話がありますか!」
彼女は意気消沈したが、けっして敗北したわけではない。「(日本に戻ってきてから)”Left Behind Parents Japan”という自分の組織を立ち上げ、悪戦苦闘している他のLBPたちを支援しようと決めました」あるときは擁護者に、あるときは通訳に、そしてあるときはカウンセラーに――彼女の仕事量は増えるばかりである。
「絆」の状況も似たようなものだ、とゴメス氏とガベテ氏は言っている。今後の目標は、さらに多くのボランティアを募り、資金集めの取り組みを強化し、共同親権のグローバル・スタンダードについて日本国民の意識を高め、子どもたちと取り残された親とを、彼らの利益を最大限に尊重しつつふたたびつなぎ合わせることである。
ゴメス氏はこう語っている。「子どもとその親を再会させ、日本の制度を変革する仕事は、私の一生をかけた使命です。達成したいと考えている最終目標や中間目標はいくつかあります。たとえば強制力のある面会権や、別居や離婚の期間全体にわたって、親が自分の子との関係を保てるようにするための面会条件を定めた指針の確立などがそれに当たります。面会時間数は十分でなければなりません。日本で典型的なのは、面会時間が月に1時間から2時間のみというケースです。また、共同親権についても考えていくつもりです。面会の拒否は犯罪行為であるとみなされなければなりません。こうした問題を変革していくのにどのくらいかかるかわかりませんが、私は諦めずにずっと取り組むつもりです」
ハーグ条約 1980年の国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約は、連れ去られた子どもたちを常居所のある国にただちに返還することを保証している。加盟国に対し、取り残された親の親権を重視するように強いているのである。
もしも日本が加盟国であったなら、日本の裁判所は、連れ去られる前の子どもの常居所があった国に子どもを返還する命令を出す義務を負うことになっただろう。だがその代わりに、日本ではほとんどの場合、裁判所は新たな審問を命じ、(以前の決定を無視して)親権の決定を出せる。これはまさにハーグ条約が避けようとしている事態である。
かすかな希望? ゴメス氏の話は続く。「面会の実施については、最初の手がかりが見つかったところです。2013年3月に日本の最高裁判所が、面会の合意に従わなかった場合に罰金を科するのは合法であるとした北海道高等裁判所の判決を支持する決定を下しました。楽観的かもしれませんが、これが系統だった変化をもたらしてくれるだろうと希望しています 。
要注意の兆し この記事のために取材した方々の多くは、一般的な夫婦間の不和の中から、配偶者が子どもの連れ去りを考えているかもしれないサインを特定するのはむずかしいだろうと述べていた。以下は、ブルース・ガベテ氏の弁である。
「不幸な結婚生活を漫然と嘆いている人と、潜在的な“誘拐犯”とを区別できるような兆候があるかどうか、私にはよくわかりません。ただ注意しなければならないのは、別居を話題にすることです。私自身の経験から言うと、別居の話題を出すのは得策ではありません。それがきっかけになって配偶者が誘拐に走る可能性があるからです」
〈日本子どもの権利ネットワーク〉(下記「役に立つ情報」参照)は、さまざまな子ども連れ去り情報を検索できるインターネット・サイトを提供しているが、親による子ども連れ去りの潜在的危険性を調べられる有益なチェックリストも公開している。
資金集めのための「絆」イベント 「絆」は資金を調達して取り残された親たちと彼らの行方不明の子どもたちの再会を支援しようと、招待客のみが入場できるイベントを開催した。”Kizuna CPR Gala Networking Fundraiser”と名づけられたイベントは2月25日に東京で行われた。
子どもの権利 「子どもの権利に関する国際連合条約では、子どもの教育と発達のために双方の親が共通の責任を負うという原則が確実に認められるように、国は最善の努力をしなければならないと定めています。残念ながら日本の法制度はこの権利を十分に保護しているとは言えません。日本では、離婚後の子どもたちの人生に重要な役割を果たすという双方の親の基本的人権(そして、自分たちの人生において双方の親と関わるという子どもたちの基本的人権)を、裁判所が実際に擁護することはまれです。こうしたことでは、日本の裁判所は、ハーグ条約を有効に履行することはむずかしいかもしれません」――国際家族法を専門とするジェレミー・モーリー弁護士
役に立つ情報
The 2006 Metropolis article about child abductions in Japan that inspired filmmaker David Hearn to make From The Shadows. http://archive.metropolis.co.jp/tokyo/618/feature.asp
Kizuna Parent Child Reunion
Bring Abducted Children Home
International Association for Parent Child Reunion
SOS: Support for French parents of children abducted to Japan
Australians with Abducted Children
www.awac.asn.au/Australians_With_Abducted_Children/About_Us.html
Children’s Rights Council Japan
Support group for alienated Japanese parents
Meetup group for left-behind parents in Tokyo
www.meetup.com/Left-Behind-Parents-Japan
Japan Children’s Rights Network
www.crnjapan.net/The_Japan_Childrens_Rights_Network/Welcome.html
Jeremy Morley’s international family law practice
www.internationalfamilylawfirm.com
Clive V. France LBP portraits